エッセイ・コーナー  KAZUOは要りませんか?

しまむらかずおが描くつれづれ(その3)  第11話~第15話

11-15 ひとり
15-声

 

15話 「声」    by しまむらかずお

 

 

昼と夜の温度差が激しい。

 

昼は30度にのぼり、夜は10度台に落ちる。

 

昼は蜩(ひぐらし)、夜は鈴虫(すずむし)が歌う。

 

それぞれになかなかいい声である。

 

それにしても、今年はいよいよもって妙な気候。

 

タンクトップと長袖上着の変な取り合わせで凌いでいる。

 

 

 

お蔭で流行りの咳き込み系の風邪を引いた。

 

咳が止まらない。

 

ゴホゴホと続いてとっても辛い。

 

熱はないが、ずっと頭痛が続く。

 

それでもコンサートの練習は佳境に入ってて

 

先日、思いっ切り、いっぱい歌ったら

 

声を枯らせてしまった。

 

 

 

コンタックと喉飴で凌いでいたが

 

大事をとって医者に行った。

 

私は医者が、いや、病院が嫌いである。

 

ま、病院が大好きという人は、そうそういないと思うけれど。

 

 

 

第一、病院に行くと、私が「病人」扱いされる。

 

まずそれがイヤ。

 

もうひとつ嫌なのは、大声で名前を呼ばれること。

 

しかもフルネームで、くり返し呼ばれる。

 

 

 

人がいっぱいいる待ち合いで

 

「しまむらさーん」「しまむらかずおさーん」と大声で呼ばれる。

 

私も一応芸能人。

 

ほら見たことか、「はい」と答える私をみんなが一斉に見る。

 

扉の向こうから若い看護師が、「えっ?」と顔を出して私を見る。

 

名を呼んだ本人も、改めて私の顔を確かめるように見る。

 

子どもの手を引いた若いお母さんが握手を求めに来る。

 

「私も」って、元気なおばさまが手を差し伸べてくる。

 

そんな騒ぎに、通りすがりの人たちも「なんだなんだ」と集まってくる。

 

 

 

内科のロビーで待っている間に

 

そんなことを思いながら順番を待った。

 

大声で名前が呼ばれたが

 

なんにも起こらなかったし、誰も振り返らなかった。

 

ああ、つまんねえ。

 

 

 

大人しく診察を受けて状態をお話した。

 

「何とか咳を止めたい」「声を戻したい」と

 

ハスキーな声でお話した。

 

担当は女医だった。

 

「私は歌い手」で、「コンサートが近い」ことをお話したが、

 

彼女は音もなく、「あ、そ」てな感じで

 

長目に引いた眉を片方だけ少し上げて、

 

「お薬、出しておきますね」と、そっけない。

 

ああ、つまんねえ。

 

 

 

とはいえ、咳こみ始めて6日目。

 

次の練習日まであと2日。最後の練習である。

 

それまでにきっちりと直さねばならない。

 

多種多様のお薬を処方箋どおりに真面目に飲んで

 

どこへも出かけずに安静にしている。

 

(おかげで、このところ晴天続きだろ?…「レインマン」参照)

 

必需品の煙草もじっとガマンして

首にタオルを巻いて、
ただひたすら養生している。

 

ああ、つまんねえ。

 

 

 

本来なら、電話しまくって

 

コンサートへのお誘いや、当日の打ち合わせなど

 

活発に活動する時期なのだが

 

電話しても、「ホントにしまむらさん?」って、

 

いぶかしがられる始末。

 

それほどに「声」が違うらしい。

 

 

 

いつだったか

 

「しまむらさんって、声はいいよね」って真顔で言われたことがある。

 

どう反応すればいいのだろう。

 

「ん?」…褒められたんだよね、これは。

 

「ありがとう」って言えばいいの?

 

と後で悩む。

 

そして苦笑いした。

 

 

 

そう言えばその昔

 

「電話ハンサム」と呼ばれていたことを思い出した。

 

自分でも、「私、ラジオ向きですからあ」とボケてたこともあった。

 

どうやら、声()、いいらしい。

 

 

 

その声を取り戻すために

 

自宅で静養中なのである。

 

ここで頑張らないと、

 

今週末のコンサートに来てくださる皆さんに申し訳が立たない。

 

声を大切にすることは、お客さんを大切にすること。

 

そう思ってひたすら、慣れない「無口」を続けている。

 

窓の外はまぶしいほどの陽射し。

 

真っ青な空。

 

ああ、つまんねえ。

 

 

 

声を使わないでできること。

 

そのひとつが文章を書くこと。

 

で、このエッセイを書き始めたのだが

 

かえってご心配をかけるのかも知れない。

 

でも、コンサートも近いのに

 

何の音も動きもないままだと

 

「どうしたのかな?」と、心配されるかもと

 

ちゃんと言っとこうと思ったのです。

 

大丈夫です。

 

もう少しで良くなります。

 

 

 

()いい、だけでなく

 

昔から、声()強いのです。

 

高校時代、合唱部の練習のあと

 

屋上に上がって応援団のリーダーをしていたほどですから。

 

 

 

フレーフレー、KAZUO

 

  (2014.9.28)

 

 

 

▼エッセイへのご感想をお書きください。

(注)文章の内容がこの欄にふさわしくない場合には、掲載しない場合があります。ご了承ください。

コメント: 6
  • #6

    レッド (月曜日, 29 9月 2014 14:14)

    声(も)いいKAZUOさん、喉の調子はいかがですか?
    咳や頭痛は、落ち着きましたか?

    こんなに晴れが続くと、そろそろ一雨きても大丈夫ですよ(笑)

    冗談はさておき、晴れても曇ってもドシャ降りでも大丈夫なので、快方へ向かっていますように♪

    安静でいたからこそ湧き上がってくる、次のエッセイを楽しみにしていますね♪

    (^_−)−☆

  • #5

    sakura (日曜日, 28 9月 2014 22:25)

    楽しみにしているエッセイを開いてみると!

    シンガーのしまむらさんが、

    ハスキーボイスになっているって(O_O)

    大丈夫ですか?

    病院嫌いであまり行かない方には

    わからない事かもしれませんが、

    お医者様からそっけなくされる

    という事は、大丈夫な証拠なので、

    ちょっとは安心しましたが…

    とはいえ、コンサート前ですよね。

    (ハスキーボイスで “PASSION"を歌った
    らどれだけセクシーになってしまうのだろう?)

    と想像するのは私だけでしょうか?

    いやいや、やっぱり艶のある伸びる声

    だからセクシーなのよ。

    夜な夜な一人想い巡らせてみました。

    でも、声はもちろん好きだけど、

    大好きな歌を伸び伸び歌う

    笑顔が好きだから、

    一日も早く良くなってくださいね。





  • #4

    奈々っぺ (日曜日, 28 9月 2014 22:07)

    約束通り、
    禁煙してくれてるみたいですね^_^;

    炎症なんで
    暖めてはダメですよ?

    私はよく
    冷えピタを喉に貼ってました。。。

    のど飴を
    口に入れて寝たこともあります。

    虫歯?

    芝居の本番前に
    気にしてられっか!?(笑)

  • #3

    あっぷる (日曜日, 28 9月 2014 18:06)

    「しまむらさーん」
    「しまむらかずおさーん」

    ん?
    返事がない(笑)

    いえ、笑い話じゃないですね(^_^;)
    いえ、笑い話になりますように(^^)

    今日も明日も、ご自宅で安静にしてくださいね。
    そして、金曜に元気な歌声を聞かせてくださいね。

    本番に強いKAZUOさん、お大事に…。
    (*^^*)

  • #2

    ゆう (日曜日, 28 9月 2014 16:27)

    声がハスキー・・・私はかすれています.現在、薬4種類飲んでます。
    風邪です。のど痛いですよ。熱はありません。仕事で声を使います。
    高座が待っています。10月3日までに直さないと・・・夜6時30分までに・・この日は、はりまや亭ゆう楽になります。(^m^)

  • #1

    フェアリー (日曜日, 28 9月 2014 15:43)

    フレーフレー KAZUO*\(^o^)/*

    コンサート楽しみにしています。

14-名前

 

第14話 「名前」        by しまむらかずお

 

 

私の「本名」は、島村一夫。

 

5年前に、歌や音楽を生業(なりわい)とすることになってから

 

「しまむらかずお」と表記することにした。

 

せっかくだから、生まれ変わった気になって

 

もっとカッコいい名前を「芸名」としても良かったのだが

 

「誰だか分からない…」のは困るし、そのままじゃ郵便も届かない。

 

読み名を変えずとも、「志磨邑歌頭王…」じゃ凝り過ぎだし、

 

で、平たくひらがな表記にすることにした。

 

 

 

すると、妙なもので、それが5年もたてば、

 

漢字で書かれると、何だか別人のことのように思えるのが不思議だ。

 

思わず、「とうそん・いっぷ」って、読みそうになる。

 

ま、同業者?の「佐田雅志」…って、違和感あるでしょ?

 

やっぱ、「さだまさし」じゃないとピンとこないよね。

 

ね、そんな感じ。

 

 

 

子ども会指導に躍起になっていた頃の私の呼び名は、「しまにい」。

 

バンド「ぐうぴいぱあ」で頑張っていた頃は、「BONさん」。

 

この二つは、今でも時々そう呼ばれたりする。

 

シンガーソング・コームインの職場では、「島さん」。

 

その後は、役職名で呼ばれるのが常だった。

 

 

 

実は今の姓になったのは中学校2年からだった。

 

義父の養子となって姓が変わったのだ。

 

それまでは「永田一夫」だった。

 

だから今の名前でこれほど活躍?していても

 

小中学校の同窓生は、それとは気づかないかも知れないのだ。

 

それが少し淋しい。

 

でもこれは、結婚後、夫の姓を名乗る女性たちにも言えること。

 

それは、嬉しいことなのだろうか、それとも淋しいことなのだろうか。

 

夫婦別姓はまだまだ一般化されてはいない。

 

 

 

福岡の旧家の

 

養女と婿養子の間に生まれた私は

 

その家の名前を継ぐべくして生まれた男の子ということになる。

 

世が世ならば、大のお坊っちゃまだったのかも知れない。

 

ところが何の因果か、今はこの高知にいて、島村の姓を名乗っている。

 

それはそれで、取り立てて悔やむことなど一つもない。

 

 

 

でも私は、「永田一夫」という名前は好きだった。

 

映画の全盛期、「大映」の映画には必ず、

 

「制作 永田雅一」と、社長の名がトップに映し出され

 

ちょっと嬉しかった記憶がある。

 

「東宝」では、「君の名は」で一斉を風靡した劇作家「菊田一夫」の名もあり、

 

当時の二枚目男優「長谷川一夫」も、歌手の「舟木一夫」も、

 

まるで我がことのようにちょっと嬉しかった。

 

ね、子どもらしい子どもでしょ。

 

 

 

それでも、「一夫」なんて、いよいよ古くさい、とも思っていた。

 

今となれば、当然ながら余計に、古くさい。

 

第一、個性がないし、「一番目の男」の意味しかない。

 

もっとリキを入れて名付けてほしいものだと、ずっと思ってきた。

 

 

 

人の一生の中で、その親が決めてやれるのは

 

ひょっとしたら名前だけではなかろうか。

 

その他のことは、親だけでは決められないことばかりだと思う。

 

だからこそ我が子には、リキを入れて名前を考えた。

 

姓名判断の本も買って、画数を数え

 

天画、地画、総画もちゃんと気にした。

 

みんなも多分そうだったろうと思う。

 

 

 

けれど私がこだわったのは、実は文字ではなく

 

その音だった。

 

名前の音の響き、呼ばれた時の音の印象、

 

聞き取りやすい、発音しやすい、しかも読み間違わない…

 

いわゆる「音声言語」を気にしたのだった。

 

ね、やっぱり音楽家でしょ。

 

呼びやすい三人の名前は、今でも私の自慢である。

 

もちろん名前だけでなく、自慢の息子たちである。

 

 

 

「氏素性」という言葉があり、「由緒正しき」という言葉があるように

 

家名、姓名は昔から重要なものだった。

 

しかし、わずか4代ほど遡れば江戸時代。

 

庶民には苗字を名乗ることは許されていなかった。

 

剣豪「宮本武蔵」「佐々木小次郎」には苗字があったが

 

「次郎長」「石松」には苗字はなく、土地を表す「清水の」「森の」をつけて呼ばれていた。

 

明治維新後、苗字必称義務令により、苗字を名乗ることが義務づけられ、

 

現在の姓・名の制度が確立した。

 

 

 

私にとっては、永田も島村も先祖とのつながりが薄いため

 

何のこだわりもなく、姓は単なる呼称に近い。

 

したがって、その由緒にも系図にもまったく興味がない。

 

それを気にする、または誇りに思う方も多いと思うが

 

私はまったく気にならない。

 

 

 

昔は○○だったと、優越感を持つのも、劣等感を抱くのも

 

私にとっては無意味である。

 

そんな過去よりも、今何をしているか、何をしようとしているか

 

そんな未来志向の今を生きている人が好きである。

 

私もそうありたいと思う。

 

名前のほかに「肩書き」での呼ばれ方もあるが

 

それが外れた日からは、その人自身の生き方が問われることになろう。

 

 

 

「私の名前はカルメンでっす!」…

 

かのピンク・レディの歌は、きっぱりと自信満々に名前を名乗った。

 

私もきっぱりと胸を張って名前を名乗れるように、生きてゆきたいと思う。

 

「私の名前は、しまむらかずおでっす!」と。

 

 

 

余談だが、今日、9月19日は「苗字の日」だそうだ。

 

 

 

(2014.9.19)

 

 

▼エッセイへのご感想をお書きください。

(注)文章の内容がこの欄にふさわしくない場合には、掲載しない場合があります。ご了承ください。

コメント: 5
  • #5

    北川実香 (土曜日, 20 9月 2014 07:01)

    本当にそうですね。私も二度名字が変わりましたが、その時を生きてきました。今の北川という姓は、とっても気にいってます。

  • #4

    フェアリー (土曜日, 20 9月 2014 01:05)

    あー苗字の日を過ぎてしまった(>_<)

    でも本当に しまむらさんて博学ですね。エッセイのこのスペースでいろんな事が楽しみながら学べます。

    「私の名前はカルメンでっす!には吹き出してしまいましたが σ(^_^;)

    明治維新後、庶民も苗字を名乗る様になった時の話は
    祖母から、昔話的に聞いた事があったので、懐かしく思いました。

    役人が、苗字を何と名乗るかと聞きに回っていた時に
    うちのご先祖様は留守にしていたらしく、その土地の名が苗字になったと。

    確かに高知市内ではうちだけでしたね。
    変わってて好きでしたけど。

    だから結婚して苗字が変わる前に、世に通じる物を持っていたくて、生け花の教授看板を手にしました。

    悪あがきですかね。

    「私の名前は…」と言う時、胸を張っていられたらいいでしょうね。

    ご縁があって嫁に来て名乗る苗字と親が大切に付けてくれた名前。
    まさに キセキの出逢いですよね。

    名前を輝かせるのも自分、穢すのも自分。

    今からでも間に会うかなぁ?
    輝かす生き方をして行きたいな。

  • #3

    ぴあの (金曜日, 19 9月 2014 22:19)

    私の旧姓は、有名な俳人と一緒。
    愛着があったので、結婚して苗字が変わるとき、正直ショックでした。
    でも、私、自分で言うのもなんですが、自分の名前は、結構好き。今、職場に同姓が3人いるので、私のことは、ほとんどの人が
    名前で呼んでくれます。
    そういえば、古い友人も、新しい友人も。

    苗字ではなく、名前で呼ばれると、誰かの奥さんとか、誰かのお母さん、ではなく、私自身を見てくれてるようで、うれしいです。

  • #2

    少女A (金曜日, 19 9月 2014 21:39)

    今日が苗字の日なんて知らなかったのでびっくりしました。
    私の苗字は、ふつうなのであんまり考えたことがありませんでした。結婚したら変わるのかあ(わくわく)

  • #1

    あっぷる (金曜日, 19 9月 2014 21:36)

    永田さん?
    島村さん?

    私も、どちらもしっくりこないです。

    ネットでは、しまむらさんよりも、KAZUOさんがしっくりくる感じもしてきました(笑)

    KAZUOさんが、後の方に書いてあること、名前に限らないなぁと思いながら読みました。

    「何かに、優越感も劣等感も感じない。」

    KAZUOさんは、よく、人を比べないって話されますが、それにも通じる感じがしました。

    それぞれの方々の個性、それぞれを大事にしながら生きていきたいと、改めて思いました。

    なんだか、「名前」と離れたとこに着地してごめんなさい。

    「KAZUOさんのエッセイの中で、いろいろ考えさせられてありがたい。」
    …ということで、広い心で読んでくださいませませ(^^)

13-旅

 

第13話 「旅」    by しまむらかずお

 

 

不意にふっと、「旅がしたーい」と思うことはありませんか?

 

そんな時って、必ず、

 

「何言ってんの!今はそんな時じゃないでしょ!」って言われる時期ですよね。

 

実にその通りです。

 

行けない時に限って、行きたくなるもの、それが旅…

 

そんな感じがします。

 

 

 

じゃあ、ちょっとヒマになったら行けばいいじゃない。

 

そうは思うけれど、なぜかそんな時には旅に出ようとは思わない。

 

なんでやねん。

 

 

 

何だかゆとりがなくて

 

何となく煮詰まってて、ちょっと疲れてて

 

やらねばならないことはあるけれど

 

妙にやるにならない…

 

そんな時に「旅に出たーい」と思う。

 

 

 

それは「逃げ」?

 

または「気分転換を体が要求している」?

 

ま、そんなことは、どーでもいい。

 

理屈なしに、どっかへ行きたいのだ。

 

 

 

その昔、随分昔。

 

まだ小学生だった私には、大好きなテレビ番組があった。

 

「夢で逢いましょう」という、音楽バラエティの草分けのような番組。

 

永六輔、中村八大…いわゆる「6・8コンビ」が作詩と作曲を手掛け

 

「洋風な歌謡曲」とでもいうべきヒット曲を次々と生み出していた。

 

 

 

坂元九の「上を向いて歩こう」

 

梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」

 

デューク・エイセスの「おさななじみ」などなど。

 

これらが、ショートコントやダンスの間に歌われた。

 

コントには、かの黒柳節子も渥美清も出演。ここで名を上げた。

 

 

 

1961年から5年続いたこの番組は、毎回生放送。

 

VTRのない時代、再放送はあり得ない。

 

KAZUO少年は、食い入るように見たものだ。

 

そんな中に「今月の歌」のコーナーがあって

 

先程のヒット曲はここから生れた。

 

 

 

中でも心に響いたのは、「遠くへ行きたい」だった。

 

やはり、6・8コンビの曲で、

 

ジェリー藤尾という、日本人離れした風貌の男性歌手が歌ったものだが

 

まだ小学生の私が、なぜそれほどに惹かれたのだろう。

 

 

 

当時は、狭い市営住宅に、父、母、祖父、私の4人暮らし。

 

鬱積したものがあったのだろう。

 

小学校2年の時、母が再婚して持った家族。

 

子どもながらに、しんどいことはいっぱいあった。

 

 

 

「♪知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい…」

 

静かに始まる旋律と、一人語りのような歌詞。

 

旅への憧れがあったのだろう。

 

「♪遠い街 遠い海 夢はるか一人旅…」

 

遠いどこかで一人になりたかったのかも知れない。

 

 

 

思えば一人旅が好きだった。

 

一人が好きだったのだろうか。

 

いやいやそんなことはない。

 

人一倍淋しがり屋の私である。

 

それでも一人旅への憧れは今も消えない。

 

 

 

旅はした。

 

高校時代には自転車で四国一周を敢行。

 

10日かかってボロボロになって帰ってきた。

 

海外にも幾度か行った。

 

船の旅もした。鈍行の旅もした。

 

でも結局、一人旅はほとんどない。

 

目的のない旅もない。

 

誰とも約束していない旅もない。

 

 

 

「人は帰るために旅に出る」という言葉がある。

 

帰るところがあるから旅なのだ。

 

それのないのは「放浪」と呼ぶべきだろう。

 

 

 

私の実の父は画家だった。

 

「絵を描きに行く」と言って旅に出たまま帰って来なかった。

 

まだ私が物心がつく前だった。

 

顔も知らなかった彼に会えたのは、2回だけだった。

 

3回目に会えた時、彼は棺の中だった。

 

いったいどんな旅だったのだろう。

 

彼はいったい何を探して放浪していたのだろう。

 

 

 

その血が流れているからとは思いたくない。

 

でも、無性に旅がしたい。

 

行きたい場所は特にない。

 

ただ単純に旅がしたい。

 

 

 

いつかどこかへ行くぞと、

 

思いながら、今は、ここで、みんなと、いる。

 

私は歌の中で旅をする。

 

みんなと一緒に旅をする。

 

いつの日か…と思いながら生きるのが人生だ。

                                                           

                                                            (2014.9.15)

 

 

▼エッセイへのご感想をお書きください。

(注)文章の内容がこの欄にふさわしくない場合には、一部または全部を掲載しない場合があります。ご了承ください。

コメント: 5
  • #5

    レッド (木曜日, 18 9月 2014 06:11)

    しまむらさん、おはようございます♪

    最近、フランスへ旅をした友人がいます(笑)
    フランスは、時差7時間だそうです。

    でも、次元の高い感覚では、時間は伸縮するそうな。

    だから、時差があっても、移動するうちに、次の国でちょうどの体内時計になるそうな。

    一時間時差しか経験のない私(笑)
    KAZUOさんたちの時差ボケあるなしの話、または「時間感覚」の話を聞きたいような気がします。

    あれ?
    ここへのコメントとしては、ズレてるかしら(笑)

  • #4

    sakura (月曜日, 15 9月 2014 23:58)

    旅ですか…いいですね。

    私は夜な夜な しまむらさんのエッセイを通じて、旅をしている感じがしますよ。

    それもタイムスリップ的な。

    自分では、その頃まだ見る事や、理解する事が出来なかった事柄や歌、

    時代背景を教えてもらって、ヘェ〜って。

    違う世界に行った気分になってます。


    いろんな環境で生きた、しまむら少年の心を通して、自分の過去にも旅します。

    私も決して居心地のいい家庭では育ってないから。

    でも、しんどい思いもしてるのに どうして しまむらさんには、
    そんなに優しい歌が生まれてくるの?

    言葉とメロディが溶け合って、人を包み込むような歌がこぼれてくるのかな?


    自分なりに、頑張った一日を終えて、エッセイを、楽しみに開く私は

    今日も「プチ旅行」をして、眠りに着きます。




  • #3

    フェアリー (月曜日, 15 9月 2014 09:39)

    訂正お願いしますm(_ _)m
    最後の方“便乗’”なんてあまりに失礼な言葉を使ってしまいました。「しまむらさんの歌に旅に乗せてもらって」でお願いします。

  • #2

    フェアリー (月曜日, 15 9月 2014 09:10)

    ふっと、「旅がしたーい」と思う事ありまーす。
    でも「誰か、一緒に行こうよ(^^)」て思いますね。やっぱり一人は寂しいですよ。
    景色が素敵だね。これ美味しいね。となりで微笑み合えるともっと素敵な時間になるもの。
    ♪産まれて〜生きて〜
    まさに しまむらさんの歌ですが、産まれてきただけで、いろんな人と出会い、いろんな経験をして、その中には忘れてしまいたい事や、消し去ってしまいたい事もあるわけで。でもそれも自分の人生で、その時期があって今があるから。
    と、思える今日この頃。
    頑張って来た自分に「旅」をプレゼントしてあげたいなぁ。
    今は、しまむらさんの歌の旅に便乗しとこ♬
    いろんな景色 魅せてくださいね。


  • #1

    あっぷる (月曜日, 15 9月 2014 06:34)

    KAZUOさん、おはようございます(^^)

    私の中のKAZUOさん語録、たくさんあります。

    その中に、「トラブルのあるトラベルの方が心に残る。」があります。

    エッセイを読みながら思い出したのは、そんなトラブった光景でした(笑)

    そして、よく聞く、「人生は大きな旅。」

    さて、この長い長い旅先で、自分がワクワク楽しみ、そして、人の喜ぶことやお役にたつことを少しでもしたい。

    KAZUOさんみたいに…。

    エッセイを読みながら、そんなこんなを、心の中でミニトラベルしました。

    おっとっと、また、どこかに話が飛んで行きそうになってきたので、このへんで…。

    ー旅先より、送信します(^^)ー

12-ビフォー・アフター

 

第12話 「ビフォー・アフター」  by しまむらかずお

 

 

私は「劇的ビフォー・アフター」の大ファンである。

 

何がいいかって?

 

それは、いろいろあっても、最後は必ずハッピーエンド

 

だからである。

 

 

 

大きな土ぼこりを立てて天井を落とし、壁を倒して、床をはがし、

 

柱と屋根だけになった家。

 

たいがいの場合、その根元がシロアリにやられていたり

 

湿気がすごくてボロボロだったりする。

 

基礎にもひび割れがあったりして、「リフォームの匠」が頭を抱える。

 

「予想はしていたけれど、これほどヒドイとは」…。

 

これは2時間スペシャルに多いパターンである。

 

 

 

その匠の手にかかって、まったく違う家になる。

 

さすがは匠。明るくて使い勝手がよくて、何よりもかっこいい。

 

そこで流れる名セリフ、「なんということでしょう…」。

 

続くセリフが、「○○家の人たちは喜んでくれるでしょうか」…。

 

見ている私は、「喜ぶに決まっちゅうやんか」と思わずつぶやく。

 

 

 

家族が半年ぶりに帰ってくる。

 

玄関を入る前から全員で、「すごい、すごーい」を連発。

 

苦労を重ねてきたお婆あちゃんが、涙を浮かべたりすると

 

こちらまでジーンとくる。

 

エンディングのシーンは決まって、家族そろっての夕食。

 

温かな灯りが漏れるベランダで、みんな揃って星を見ている。

 

これが定番。ハッピーエンド。

 

実にいいじゃありませんか。 

 

 

 

定番というのは、人を安定させる。

 

言わば安心して見ていられるのだ。

 

定番中の定番は、何と言っても「水戸黄門」だよね。

 

ご老公様はいったい何人がその役を演じたことだろう。

 

1969年に東野英治郎で始まったこの時代劇。

 

その後、西村晃、佐野浅夫、石坂浩二、里見浩太郎まで

 

5代で45年。ギネスものだよね。

 

 

 

オープニングから10分もたたないうちに

 

善人・悪人が早くも区分される。

 

けなげな町娘と悪代官。悪徳商人はどの町でもなぜか大国屋。

 

町娘が代官に襲われかかると、決まって柱に風車が突き刺ささる。

 

待ってましたと、弥七の登場である。

 

それに、何はなくとも、由美かおるの入浴シーンは不滅であった。

 

番組終了15分前にはきっちりと、葵の御紋の印籠が登場する。

 

いつも思うことだが、初めから出せばいいのに…。

 

…ま、なんてたって定番ですから。

 

 

 

もう一つ思うことがある。

 

番組のラストシーンは、雨も雪も降らないのはなぜ?

 

間違いなく毎回、日本晴れ。

 

そこにご老公様の笑顔がアップになって、

 

渋い声のナレーションがそれにかぶる。

 

「光圀の心は晴れていた」…。

 

いやー、定番バンザイである。

 

 

 

定番というのは同時にマンネリを呼ぶものだ。

 

この原語「マンネリズム」とは、一定の技法や形式を反復し

 

固定した型にはまって、独創性や新鮮さを失う傾向のことだという。

 

…危ねえ、危ねえ、自分もそうなってはいないか?

 

歌づくりやコンサートの運営も、カタにはまってないか?

 

新鮮な気持ちで向かってるか?

 

 

 

皆さんに安心してはほしいけれど

 

意外性だとか、新しいことだとか、

 

そんなものも要るよね。

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」…

 

安定し安心を与えつつ、でも、同じものではない何かを

 

提供し続けねばなるまい。

 

 

 

ビフォー・アフターとは、要は何かの「前後」のこと。

 

深夜のテレビでよくやっているダイエット食品や

 

シェイプアッブの機器の宣伝で

 

必ず出て来る「使用前・使用後」の映像。

 

「ほんまかいな」とは思いつつ、

 

「きれいになって良かったじゃん」とそのハッピーエンドを祝う。

 

 

 

同じ「前後」の言葉に

 

「戦前・戦後]という言葉がある。

 

このアフターはハッピーだろうか。

 

また、「震災後」の言葉はさらに身近だ。

 

このアフターは、まだしばらくはアフターにはならない。

 

 

 

私も一応ミュージシャン。

 

たまにテレビに出たりするけれど

 

その取材のときに決まって言われるのが

 

「若い頃の写真とか、ないですか?」…。

 

それがロクなものがないのだ。

 

ま、当時の本人がロクでもないからしょうがないけれど。

 

写真がたとえモノクロだったとしても、その青さが写っている気がするのだ。

 

こんなビフォー・アフターの比較は、まったくもって恥ずかしい。

 

そんな自分の顔が好きかと聞かれたら、とんでもないと答えるけれど、

 

それでも歳を重ねてからは、これでも少しはマシになったと言いたいものだ。

 

 

 

人生の中の「前後」って、どこを基準に言うんだろう。

 

その基準となる出来事は、いったいいくつあるんだろう。

 

結婚も子どもの誕生も、それから、何かを得た時、失ったとき、

 

それぞれに○○前、○○後というふうにその時代を呼ぶ日がくるのだろう。

 

私はその「前後」の基準をいくつ越えて来たのだろう、とふと思う。

 

 

 

ところで、以前書いた、ウチのウッドデッキにまつわる庭の改修だが

 

そのデッキに取りかかる前に、周辺に手をつけた。

 

隣家との境の目隠しにしてあった古いトタンをはがして

 

錆びた藤棚とともにその柱をチョコレート色に塗装した。

 

錆びたまま置いてあったのも恥ずかしかいが

 

その上から、垂れるのも構わず塗り付けたペンキも、やや恥ずかしい。

 

まさに、恥の上塗りである。

 

 

 

ずっと雨だったので

 

やっと晴れた昨日からその作業にとりかかった。

 

今日は、その藤棚と、何もなくなった目隠しの柱に

 

それぞれにリーフフェンスを張りつけた。

 

造花ならぬ造葉のフェンスだが、なかなか良くできたシロモノで

 

庭の周辺は嫌みなく、緑に覆われた。

 

 

 

それを張り終えてフーッとため息をついて庭を眺めた。

 

「しまった、改修前の写真をとっておけばよかった」…

 

もう元の姿はない。

 

残念ながら、「ビフォー・アフター」にはならず

 

「アフター・フェスティバル」になった。

 

…あとのまつりである。

 

(2014.9.8)

 

 

 

 

 

▼エッセイへのご感想をお書きください。

(注)文章の内容がこの欄にふさわしくない場合には、一部または全部を掲載しない場合があります。ご了承ください。

コメント: 6
  • #6

    メロディ (水曜日, 17 9月 2014 23:15)

    見ましたよ。Facebookで.お庭のビミョーなビォーf^_^;)

    でも何枚目かですっかり変わってきたから写真に撮って良かったじゃないですか?

    しまむらさんて、庭作りにおいても“匠”だったんですか?

    アフターの写真がアップされるのを楽しみにってます。




  • #5

    レッド (木曜日, 11 9月 2014 07:01)

    10/3コンサートに向けてのビフォーアフター。
    投票前、投票後。
    私の最大希望曲が15曲の中に入ったかドキドキ♪

    コンサート外に見えるようなことをしてのトークの広がり、楽しみにしていまぁす。
    *\(^o^)/*

  • #4

    ぴあの (水曜日, 10 9月 2014 15:14)

    子どものころから、変化に弱い、マンネリ大歓迎だった私。
    「水戸黄門」も大好きで、小学生のころから、大人になってもほぼ、全シリーズ見てます。
    展開の読めないドラマは、いまだに苦手です。

    でも、変わりたいって気持ちはどこかにあるんですよね。
    「ビフォー・アフター」も展開は同じだけど、リセットされて、ここから新しい生活が始まる、ていうワクワク感が好き。


    誰かに出会ったり、知らなかった世界を知ったり、した後で、
    自分が変わることもあるということを最近知りました。

    「前」より「後」が少しでも前進できてるように頑張りたいです。





  • #3

    あっぷる (火曜日, 09 9月 2014 13:40)

    写真のがんさん、お久しぶりです(^^)
    KAZUOさんも、お久しぶりです(^^)

    ビフォーアフター、私が知っているのは、KAZUOさん退職後のアフターのみ(笑)

    「以前の写真がモノクロでも青さが写っている気がする。」、失礼ながら同感します(笑)

    今は、味のある円熟味がありながら、良い意味での青さがどっかに見え隠れしていますね(^^)

    ではでは、みなさまも、今日も良き日になりますように♪

  • #2

    花ちゃん (火曜日, 09 9月 2014 10:56)

    万丈記!
    知っちゅうのに使い時が分からんき
    私の博識はいつも自分だけが知るところ、、、
    悔しい!

  • #1

    フェアリー (火曜日, 09 9月 2014 06:16)

    子どもの頃に"水戸黄門 ”を毎回見ている親を(よく飽きないなぁ)と思って横目で見ていたのを思いだしました。
    毎日新しい事が起こり、どんどん成長していく子どもの目からは毎回おんなじに映ってたんでしょうね。
    それが「なんということでしょう」いまではすっかり安定・定番に落ち着いています。
    ビフォー・アフター、いいですよね。
    一緒にハラハラドキドキして最後良かったね〜と感動させてもらえるのが快感ですよね。
    しまむらさんのファンも長い人は36年ですか…歴史的ですね。長く続けて来られたのもすごいですが、36年近く前の曲を今聴いても心に響く事にも感動します。となると、しまむらさんのビフォー・アフターの境目って、どこ?
    そうか!常に前に向かっていつも新鮮だから無いよね。
    そりゃ庭のビフォーも撮り忘れるよ。

    て事で、コンサート前に庭師をしている?しまむらさんはリフレッシュして、また素敵なステージで感動させてくれる事でしょう。
    チャンチャン♪


11-9月の蚊

 

第11話 「九月の蚊」   by しまむらかずお

 

 

 

九月の蚊は痒い…。

 

そんな説を唱えたくなるほど痒い思いをした。

 

しかも二夜連続で。

 

枕元にムヒを置いて塗りまくってたら朝になった。

 

お蔭で寝不足、昼夜逆転。

 

九月の蚊は痒い…。

 

誰かこれを証明してくれい。

 

 

 

今年の夏は短かった。

 

本来なら「残暑厳しき折…」と書くべき九月初めなのに、

 

鼻風邪を引きそうなほどに涼しい夜。

 

なぜそんな夜に蚊?

 

蚊っていうものは、暑い盛りにブーンと飛んでくるものだ。

 

今年は蚊までヘンだ。

 

 

 

夏が来たのを教え、去るのを教えるのは蝉である。

 

六年も七年もの長い間土の中にいて

 

そこから這い出て木に登り

 

ミンミンと鳴いてたったの一週間で命を終える。

 

今年はちゃんと鳴くヒマがあっただろうか。

 

妙に印象に残っていない。

 

 

 

もしかしたら、蚊も蝉も

 

この短い夏に間に合わず

 

焦っているのではないか。

 

だから蝉は、ちょっとの晴れ間に鳴き

 

蚊は、涼しくなったけれどしょうがなく登場して

 

その役割を果たしているのかも。

 

生きた成果を果たすべく

 

私を刺しまくっているのか。

 

えらい迷惑である。

 

 

 

東京の代々木公園では

 

デング熱を運ぶ蚊が大暴れしている。

 

この公園も妙なところで名を上げてしまったが、

 

もともと1964年東京オリンピックの選手村があったことで知られている。

 

6000人にも上る選手村。

 

すぐ近くには、代々木総合体育館がある。

 

かの丹下健三の名建築である。

 

 

 

流麗な吊り構造のその姿は実にユニークで美しい。

 

50年も前に造られたとは思えないほどに、今も現代的である。

 

同じ丹下の作品に東京都庁があるが

 

何だか威厳があり過ぎて好きにはなれなかった。

 

 

 

聞けば、香川県庁の旧本館も彼の作品だという。

 

コンクリート打ちっぱなしの建物だが

 

何となく日本を感じる建物で

 

ほかの国のそれとは違う気がする。

 

そう言えば、高知市役所の本庁舎と香川県庁とは

 

その形が酷似している。

 

何か関係しているのではないかと思うほどだ。

 

 

 

話がそれたが、虫にも害虫、益虫の区別がある。

 

人間様に都合がいい・悪いで、その呼び名が変わる。

 

その人間様にも、いい人・悪い人の区別があるが、

 

それを判断するのは、本人ではなく、周りである。

 

 

 

もともと、善人・悪人などはなく、

 

いい面と悪い面の両方を持っているのが人間というものだ。

 

その、いい・悪いの判断も周りが決める。

 

だから、それらは単なる「個性」である。

 

一生懸命にやっても、いい人になるとは限らないが、

 

一生懸命にやってない人は、多分いい人とは呼ばれない。

 

 

 

蚊だって蝉だって、益・害の意識なく

 

この短い夏を一生懸命に生きているだけなのだ。

 

「やれ打つな蠅が手をする足をする」

 

小林一茶はそう詠んだ。

 

 

 

蚊は二酸化炭素を追いかけて近寄ってくるのだそうだ。

 

二酸化炭素は、汗をかいたり、飲酒の後に多く出るらしい。

 

エアコンが効いて密閉されている筈の部屋に

 

音もなく忍び込んできて

 

汗も飲酒もないこの私を刺す蚊は

 

やっぱり焦っているのかもしれない。

 

その一生懸命さは大したもんだ。

 

 

 

秋の蚊を「あわれ蚊」というそうだ。

 

刺されて眠れないのは大迷惑だが

 

恨まないでおこうっと。

 

(2014.9.3)

 

 

 

▼エッセイへのご感想をお書きください。

(注)文章の内容がこの欄にふさわしくない場合には、一部または全部を掲載しない場合があります。ご了承ください。

コメント: 4
  • #4

    フェアリー (日曜日, 07 9月 2014 23:28)

    9月に入ってはや一週間。吹く風が涼しくなったなぁと思っていると「ミンミンミン…」て!すっごい違和感。本来なら今頃は秋を告げる“ひぐらし"の出番でしょう!
    そうかこれがしまむらさんがエッセイで言ってた この短い夏に間に合わず焦っている蝉か。と思うとなんだか愛おしくなりました。特に蝉は6〜7年も土の中で過ごし地上で羽化してから一週間の命ですものね。少し照れもあるかもしれないけど思いっきり鳴きなさい、生きなさいとエールを送りたくなりました。
    人の命も長い様で短いかもしれない。いつまでか分からない。
    虫が害虫か益虫かも人間のいい人、悪い人も周りの人間が決める。もともといい面、悪い面を持っているのが人間ならば、出来るだけ人のいい面を見て、優しい気持ちで生きたい。そして自分は自分に素直に一生懸命生きて行こうと今日思いました。
    それにしても、蝉は6〜7年も土の中で生きてる間、何か考えてるのかなぁと気になるのは 私だけでしょうか?

  • #3

    土佐のおんちゃん (日曜日, 07 9月 2014 12:51)

    最近では一昔前に比べてずいぶんと蚊に刺されなくなったような気がします、昔は蚊帳を部屋にセットして家族で寝てました、よく蚊帳の出入りを父に叱られたものです。

    話し変わってテニスの錦織圭選手は凄いですね、日本人初ですか・・・凄い!

    錦織選手を刺した蚊が私を刺すとテニスが上手になり!

    しまむらさんを刺した蚊が私を刺したら歌が上手くなれば、非常に便利なのだけれど。

    そんなに世の中甘くないですよね、(1の才能に99の努力が天才を生む)ですかね。

    けれどやっぱり、そんな蚊に私は頼りたい(^^)

  • #2

    あっぷる (水曜日, 03 9月 2014 23:56)

    蚊一匹から、話が膨らんで飛んでいくしまむらさんはすごいです(笑)

    飛んだ話に惹かれて、香川県庁舎をネット検索してしまいました(笑)

    飛んだと言えば、K2のスタジオ練習風景は、全世界へ配信されて飛んだんですよね?

    ホームページ制作委員会のみなさま、お疲れさまでした(^^)

    大好きなカノンズさんの、「ありのまま〜♪」が見えて、楽しかったです(^^)

    あ!
    私も、「九月の蚊」から、話が飛んじゃいました(笑)

    もとい…。
    これからも、いろいろ飛ばして、楽しいもの、面白いものを見せ続けてくださいね(^^)

    ブーン…
    ブーン…

  • #1

    レッド (水曜日, 03 9月 2014 23:33)

    「九月の蚊、痒いね」と、先日に我が家で話題に出た時に検索した文章です。
    余計なお世話かもと思いつつ、コピーしてみました(笑)


    今年の秋は、例年よりもかゆいかも知れない。猛暑と降水量減という「ダブルパンチ」で今夏の蚊の多くは幼虫の段階で死んでいた。だが暑さが和らいで雨量が増えれば通常通りに成長するため、かゆさの「体感」が上がりそうだ。蚊を専門に研究している害虫防除技術研究所(千葉県八千代市)は「夏に蚊に刺される機会が少なかった分、秋以降は増えたと感じるはず」と予測している。